2004年10月27日

『ソラリス』の新訳について

以前、国書刊行会からスタニスワフ・レム・コレクションが出る出るって言ってたのに、延期されまくっているってエントリを書きました。

その後、ようやく最初の配本の『ソラリス』が出ました。
が、未だに新訳は読んでません。

その新訳ソラリスについて、面白い文章を見つけました。
山形浩生さんが書いた、新訳旧訳
の比較についての文章です。

<以下、転載>

現在、レム「ソラリス」の新訳がどの程度のものかを検討中。新訳の売りとしては、

昔の飯田訳はロシア語からの重訳だった。今回はポーランド語からの直接訳
昔のやつは検閲で削除されている部分が原稿用紙 40 枚分ほどあった。それを戻した。
というもの。で、それを実際に調べてみると……

1 章とか 2 章は大きな脱落カ所なし。p.44 の1-2 行目とか、7-8 行目とか、p.50 2-5 行目とか描写が省略されているところはあるけれど。

また、後書きで、大きな脱落カ所として挙がっている「怪物たち」の章だと、p.197 12 行目から p.202 7 行目 (原稿用紙12枚分)、および p.202 15 行目からp.204 5 行目まで (4 枚分ほど)。「思想家たち」の章だと、p.284 11 行目から p. 294 までが飯田訳では省略されていて、これが原稿用紙 20 枚分強。「夢」の章ではp.299 最後から 2 行目から、p.301 の12 行目まで削除。

ただ検閲というから何か内容的にヤバイことが書いてあったのかと思ったら、そんなことはまったくない。どれも、かなり衒学的なソラリス学の話を端折ったか、ちょっとダレ気味の描写を刈り込んだものとなっている。沼野さんがいうほど大きく印象を変えるものとは思えない。また、段落の切り方は飯田訳のほうが論理的でわかりやすいところも多い。またハリーは飯田訳のほうがかわいらしいんだけど、これはまあ好みもありでしょ。たとえば飯田訳のハヤカワ文庫版 p.175 で「指切りする?」と尋ねるハリーちゃんは、沼野訳では「聖なるものに誓って?」(p.178) というかなり大仰な尋ね方になる。たぶん飯田訳は意訳、沼野訳は原文の直訳に近い、ということなんでしょう。どっちが「正しい」ってことじゃなくて。

また全体として訳の中身を見ても、飯田訳は驚くほど正確。ところどころくいちがっているところはあるし、白を黒としてるところもないわけじゃない。でも作品そのものの印象を変えるほどではない。レムは詩的な文章で読ませる人ではなく、理屈で読ませる人なので、その意味でも重訳によって価値はまったく落ちていない。

したがって、わざわざ新訳をする価値があったのか、というとぼくは疑問だとしか思えない。そして、明らかに読み比べる手間をかけずに毎日新聞に、新訳を読む喜びをこれほど味合わせてくれた本はない、とかいうピントはずれのおべんちゃらを書いていた折原だか辻原だかいう人物(だれだっけ、こいつ)は、端的にヴァカですな。

……という話をこんど CUT に書こう。


posted by キャラメル at 22:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍(フィクション)1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Σ(・д・)
キャラメルママさんはCUTの
編集者の人でしたか
Posted by moai at 2004年10月30日 00:21
ヲヲ( ^_^)♪
ひさかたぶりです☆

……んが、それは違います(^_^;)
Posted by キャラメルママ at 2004年10月30日 18:24
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